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循環器病対策基本法とACSの再発予防の方向性 2

2019年12月に脳卒中・循環器病対策基本法が施行され、我が国における循環器疾患対策が大きく動き出そうとしています。循環器疾患対策をめぐる現状や今後あるべき方向性、循環器疾患治療において重要なポイントの一つとなる急性冠症候群(ACS)の再発予防や治療のあり方について、慶應義塾大学 医学部衛生学公衆衛生学 教授 岡村智教先生に伺いました。

慶應義塾大学 医学部
衛生学公衆衛生学 教授
岡村 智教 先生

基本法により保健(予防)と医療(臨床)が統合

――脳卒中・循環器病対策基本法(以下、基本法)が施行された意義についてどのように受け止めていますか。

がんと違い、循環器疾患はそれを謳った法律がこれまで存在しませんでした。よく知られている特定健診も「高齢者医療確保法」の下で行われており、条文に「循環器疾患」とか「脳卒中」という用語の記載はありません。基本法制定前の唯一の循環器病対策の公的な目標が、健康増進法第7条の規定によって作られた健康日本21です。ここに脂質異常症が入っていて、高コレステロール血症の割合を25%減らすと設定されています。ただし、健康増進法は自治体が取り組むものであるため、医療との連携が示されていません。それが今回の基本法で初めて連携が謳われました。予防については12条に集約され、高血圧症や脂質異常症、糖尿病、心房細動などの疾患が明記されています。基本計画は、12条に連動した健診の普及啓発に焦点が置かれています。脳卒中・循環器疾患の危険因子を考える際のベース、方向性がある程度定まったと思います。

一番の問題は、保健と医療が別々に動いてきたことです。生活習慣の改善だけで疾患のリスクを実際に減らすことは容易ではなく保健と医療との連携は不可欠です。

――基本法と基本計画が示されたことで、今後各地で取り組みが進んでいくでしょうか。

いくつかの課題があります。まず基本法には罰則も強制もありません。都道府県が循環器病対策推進計画を立てることが条文に示されているのですが、これは努力義務です。まずはすべての都道府県に早急に策定してもらうことが重要ですが、コロナ禍などの影響で策定時期や力の入れ具合に差が出る可能性があります。

また、診療科間での連携をどう進めるかも今後の課題です。脳と心臓で一体的に予防対策、リスクファクター管理をどう進めていくか。特に脳卒中や循環器疾患の予防では血圧とLDLコレステロール管理が鍵になりますが、特定健診でメタボリックシンドローム対策に焦点が置かれていた関係もあり、メタボリックシンドロームの脂質異常症の構成要素に含まれていないLDLコレステロール管理の徹底については不十分だと認識しています。循環器疾患を専門としている医師にしてみればLDLコレステロールの管理は自明のことですが、非専門医や自治体の予防セクターなどの方々の間では、LDLコレステロール管理の重要性が十分に浸透していないのではないかと思います。厚生労働省健康局の「標準的な健診・保健指導プログラム(平成30年度版)」でも、LDLコレステロールはメタボリックシンドロームと並んで循環器疾患の予防のための重要なターゲットであることが明記されています。各都道府県の基本計画やその実施方策等でぜひ強く打ち出していただきたいところです。

まずは二次予防対象者の医療管理を

――ACS予防のために優先して取り組むべきことを教えていただけますか。

診療や健診の現場では心筋梗塞の既往があるにもかかわらず放置されている患者さんも少なくありません。そもそも正確な患者数すら把握できていないのが現状です。リスクが高い状態にある二次予防の対象者のスクリーニングと治療は喫緊の課題です。

まずは、企業の健康管理部門、市町村の保健や健康増進部門、国保の健診部門などに周知を図っていくべきだと思います。それから問診の精査をきちんとしていく必要があります。ACSなど虚血性心疾患の既往歴にチェックがあったら、どんな症状でどこの病院にかかったのか、普段の治療はどこでしているのか確認し、放置されているようであればきちんとした医療管理を促していくという、ごく基本的な啓発から始めるべきではないでしょうか。本当は市町村の糖尿病の重症化予防のように、健診で虚血性心疾患の既往歴を確認できたらレセプトベースで治療状況の有無などを確認し、受診していない人には受診勧奨していくことが理想なのですが、これは国レベルで積極的に推進するか、自治体ごとにモデル的に提案することが重要だと思います。

――新型コロナウイルス感染症の重症化リスクを抑える意味でも医療管理は重要ですね。

新型コロナウイルス感染症の重症病態の一つに血栓症があります。この感染症と動脈硬化との関連性は非常に高いと言えます。現在は血栓症に対する治療法が確立され、血栓とサイトカインストームをどう抑えるかで死亡リスクを抑える治療になってきていると思います。動脈硬化と血栓の学会で共同ステートメントを出す動きもあります。ハイリスクな基礎疾患になりうるという啓発は必要だろうと思います。

――循環器病対策をどのように進めていくべきでしょうか。

行政、自治体はどうしても最新の治療法や薬物療養、製薬企業とのかかわりが薄いので、関連学会等の予防部会を通じて相互の連携を働きかけるのも一つの方法です。また、実地医家の先生方にダイレクトに働きかけるルートや、患者さんを直接啓発する活動も大切だと思います。それから、二次予防の対応の主体となる基幹病院に、各診療科に合わせたやり方で、病診連携の際の継続的な処方や治療からの離脱を防ぐように働きかけていくことも重要です。いろんな層からのアプローチで「二次予防が必要な患者さんが放置されているのはおかしい」というコンセンサスを得ていくのが良いと思います。いずれにしても産官学が一体となって循環器病対策ができるかが今後ますます重要になってくると思います。