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オミクスの力をR&Dに応用する

医薬品がどのように発見され、開発され、使用されるのか、その方法が変革されようとしている中で、アムジェンとその子会社であるデコード・ジェネティック社は、かつては想像もできなかった規模でヒト遺伝子のデータを探索しています。

現代医療はますます高度化しているにもかかわらず、医師にとって、患者さんの尋ねる最もありふれた質問に答えることが驚くほど困難であることも、しばしばあります。

「患者さんは、自分に何が起こるのか、病気が治るのか、それとも悪化するのか、治療によってどのような恩恵が得られるのかを知りたいと考えています」とアムジェンのR&D Strategy and Operations部門のシニア・ヴァイス・プレジデントであるElliott Levyは述べています。「私は医師として患者さんと交わした数々の会話を覚えています。患者さんは確実性を望んでいました。しかし、当時の私は、いつも不確かな答えしかできませんでした」。

アムジェンの科学者たちは、ヒト個体がそれぞれ持っているデータの海に深く潜ることで、より確かな情報を得ることができると確信しています。一つのヒトゲノムの中には、小さな図書館を満たすだけの十分な生情報があります。ゲノミクスは、非公式に「オミクス」と呼ばれ、急成長している科学の1つの分野に過ぎません。私たちの遺伝子は、RNAに転写されるまでは口に出さない言葉のようなものです。トランスクリプトミクスによって、どの遺伝子が発現しているのか、どの遺伝子が沈黙しているのかを知ることができます。RNAは、生物学を駆動する無数のタンパク質を細胞が組み立てるためのテンプレート(タンパク質の鋳型)を提供し、そしてプロテオミクスは現在、血液や組織に存在するタンパク質の詳細な全貌の調査結果を与えてくれるのです。

オミクスの様々な分野から得られてくるデータは画素のようなものです。つなぎあわせることで、疾患がどのようにして根付き、進行するのかについてより鮮明に把握することができます。この技術は、疾患の早期診断、より迅速でより成功確率の高い臨床試験、そして疾患がより重篤で費用が高負荷になる前に、疾患を予見し予防することが可能な新しいバイオマーカーを提供する可能性を秘めています。

デコード社の急速に成長するデータパイプライン

マルチオミクスアプローチを創薬と開発に適用するための探求レースにおいて、アムジェンは、アイスランドにある子会社デコード・ジェネティクス社のおかげで、幸先の良いスタートを切ることができました。ゲノミクスはオミクスの最も成熟した分野であり、デコード社CEOであり創設者のKári Stefánssonの主導の下、2012年にアムジェンに買収される以前から、遺伝子発見に関して世界的な名声を既に築いていたのです。同社は、大規模な遺伝学的データと健康データを収集し、これら2つのデータ間の有意な関連を発見するために、高度な統計的手法を使用するという概念を確立しました。

DeCODE's genome sequencing lab

フィンランド分子医学研究所の責任者であり、ブロード研究所の医学・人口遺伝学プログラムの共同責任者でもあるMark Daly氏は、「Kári氏がデコード・ジェネテクス社を設立したときには、これらの概念は極めて急進的で成功する可能性が低いと考えられていたことを、我々は忘れがちです。彼は文字通り、そして比喩的な意味においても、彼自身の小さな島の中にいたのです」と述べています。「Kári氏と彼の素晴らしいチームは、ヒト遺伝学に極めて大きな貢献をしました」。

アムジェンによる買収から数年が経過し、デコード社はアイスランドの拠点をはるかに超えて、その画期的な研究を拡大してきました。「ヒト遺伝学の主要な課題はヒトの多様性の研究です。アイスランドは、小さく、比較的均質な集団であるため、多様性がある程度限定されています」と、Káriは述べています。「疾患のリスクに影響を及ぼすゲノム配列のまれな変異体をより多く把握するために、アイスランド国外での研究を拡大し、現在では世界中から50万人を超える人々が研究に参加しています」。

この中には英国のバイオバンクに登録した50万人のボランティアが含まれています。英国バイオバンクは、病気の診断、治療、予防を改善するため、多くの高齢者の健康状態を追跡しています。この種の研究としては最大規模のWhole Genome Sequencing Projectでは、バイオバンクに参加した全50万名の全ゲノム解読を目標としています。2019年9月、デコード社は英国のウェルカム・サンガー研究所とともに、このプロジェクトのたった二つのシーケンシング・プロバイダーの一つに選定されました。アムジェンはこのプロジェクトに資金を提供する企業パートナー4社のうちの一社であり、英国政府とウェルカム・トラストも支援しています。これとは別に、2019年の初めにデコード社とユタを拠点とする医療プロバイダー・ネットワークであるインターマウンテン・ヘルスケアは、同ネットワークに登録する最大 50万人の患者さんのゲノムを解析するために協力することを発表しました。

Káriは、「今日この仕事ができるということは、わずか10年前や15年前には考えられなかったような規模で、データを集めること、データを蓄積すること、データを掘り起こすことができるということです」と述べています。(「数字で見るデコード社」参照)

デコード社のデータパイプラインが拡大するにつれ、アムジェンのR&D戦略の位置付けにおいてもその役割は拡大しています。「2012年にデコード社を買収したとき、私たちはヒト遺伝学を通して薬の標的を発見し、評価するのをどのように支援できるかのみに注目していました」と、アムジェンのR&D担当エグゼクティブ・バイス・プレジデントであるDavid Reeseは話します。「現在、私たちは、疾患生物学への洞察の誘導から臨床試験のデザイン方法まで、R&D課題の全領域にわたって、遺伝学やその他の種類のヒトデータを適用してみたいと考えています」。

「私たちは現在、共同研究を通じて、私たちが追い求めている発見に必要な遺伝子データの幅と多様性を提供していると確信しています」とReeseは付け加えます。「そして私たちは、被験者の生物学的特性を明らかにすることで規模の拡大だけでなく、一つひとつのデータをより詳細に、より深く検証したいと考えています」。

遺伝子からタンパク質まで

検証の深さを増すために必要な技術は近年急速な進歩を遂げています。例えば、プロテオミクスは現在、血中にごく微量に存在するタンパク質を同定することができます。

「私たちが本当に測定しようとしているタンパク質は、生物学的システムに多大な影響を及ぼすサイトカインであり、標準的な血液検査で測定されるタンパク質よりもはるかに低濃度で存在しています」とアムジェン グローバル・リサーチ部門のシニア・ヴァイス・プレジデントRay Deshaiesは述べています。「実際、血液中で最も微量のタンパク質から最も多いタンパク質であるアルブミンまでの量的な違いは100億倍です。幸いなことに、現在ではその範囲全体のタンパク質を測定できる企業が存在します」。

遺伝学と関連データによって、私たちはさまざまなリスクレベルをより良く識別できるようになります。それは大きな結果の違いを生み出すことになるでしょう。これにより、治験の規模と期間を大幅に縮小し、成功の可能性と治療効果を増大し、より早い医薬品承認、そして必要とする患者さんの手に届けることができるのです。
Elliott Levy

デコード社と共同研究者は、ゲノム配列が既に決定されている37,000人のアイスランド人から採取した血漿中の約5,000の異なるタンパク質の相対レベルを測定しました。これは、今までで最大規模と思われるプロテオミクス研究です。このプロジェクト及びアムジェンで現在進行中の同様の研究から得られた初期の結果から「あらゆる種類の素晴らしい観察結果が得られています」とKáriは述べています。

「血漿中のタンパク質に基づいて、今後5年以内に死亡するリスクが高い人を特定することが可能です」と彼は付け加えました。「遺伝子とタンパク質のデータを組み合わせることで、心臓発作のリスクが非常に高い人を見つけることができます。遺伝学と組み合わせたタンパク質データの使用によりリスクを評価できる条件の数は驚くほど多いのです。これは、新しい薬剤の標的を見つける当社の能力に大きな影響を及ぼすことになります。臨床試験のデザインや解釈の方法を大きく変えることになるでしょう」。

小規模で大きな成果が得られる臨床試験

こうした変化は、アムジェンで既に起こり始めています。アムジェンでは、新薬開発チームが遺伝子リスクスコアを用いて、新たな治験薬を必要とする可能性が最も高い患者さんとそのベネフィットを特定する研究を進めています。「多遺伝子リスクスコアを使用することで、同一試験内で種類又は程度の非常に異なるリスクを有する患者さんを混合しないようにすることができる」とLevyは言います。「また、治験薬が有効であれば、最もベネフィットを得られる可能性が高いハイリスク患者さんを特定し、登録することもできます。転帰不良のリスクが高い患者さんでは、薬剤の治療効果がより早く、より明確に現れる必要がありますから」。

プロテオミクスによって増強される遺伝的リスクスコアは、特に心血管の転帰研究において、臨床試験の規模、期間、及び費用を増大させてしまう不確実性を減らすことができます。「心臓発作後の最初の1年間に新たなイベントが発生する患者さんは約10%に過ぎません」とLevyは指摘します。「これまで、企業はこのような非常にリスクの高い患者さんを特定する良い方法がなかったため、心臓発作の既往歴のある患者さんを試験に登録し、実際に心臓発作を起こす患者さんのごく一部でしかその後の心臓発作を予防することができませんでした」。

「遺伝学と関連データによって、私たちはさまざまなリスクレベルをより良く識別できるようになります。それは大きな結果の違いを生み出すことになるでしょう。これにより、治験の規模と期間を大幅に縮小し、成功の可能性と治療効果を増大し、より早い医薬品承認、そして必要とする患者さんの手に届けることができるのです」。

新型コロナウィルス感染症(COVID-19)に軸足を置いた対応

試験デザインの改善は、アムジェンのR&Dにヒトのデータが既に適用されている複数の事例の1つにすぎません。アムジェンの科学者は、公開された遺伝子研究の質及び創薬のターゲットの潜在的な安全性への影響についての洞察をデコード社に頼っています。(「アムジェンがヒトのデータを利用してR&Dの成功を改善する7つの方法」参照)

アムジェンの研究を支援するだけでなく、デコード社の研究者は基礎的な遺伝子研究に関心を持ち続け、現代のゲノムにおけるネアンデルタール人のDNAの役割や、遺伝子及び環境因子が複雑な形質にどのように寄与するかを評価する新しい方法など、多様なテーマに関する画期的な研究を発表してきました。COVID-19の年となった2020年、デコード社はCOVID-19のアイスランドでのパンデミックの予測と予防に取り組むために研究の軸足を移しました。SARS-CoV-2の遺伝子変異の研究とウイルスに対するヒト抗体の持続性の測定により、新型コロナウイルスの広がりを追跡しました。アイスランドのパンデミック対策におけるデコード社の役割は研究だけではありません。アムジェンの全面的な支援を受けて、同社はDNA配列解析能力を活用し、数万人の人々を対象に検査を行い、アイスランドにおけるウイルスの封じ込めに貢献しました。

「このチームは四半世紀近くにわたって協力してきました。私たちが取り組んできたすべてのことは、このための準備であったように感じます」とKáriは述べました。「私たちは、感染した人々に関する膨大なデータを有しています。私たちは患者さんの遺伝子を調べ、そのデータが、感染する確率や感染後に重篤化する確率にどのように影響するかを知ることができるのです」。

究極の個別化医療

ヒトのデータはバイオ医薬品研究に内在するリスクのすべてを解決するものではありません。遺伝学的なサポートにより、治療の成功率を10%から20%に改善できる可能性がある一方で、改善はあくまでも改善であり、失敗しないことの保証とは異なります。この点は、確かな遺伝学的な証拠を持っていたターゲットであるBACE阻害によるアルツハイマー病予防が、アムジェンをはじめとするどの製薬企業も成功していないことからも明らかです。アルツハイマー病は特に困難な課題ですが、研究対象となるすべての疾患において、科学者は同じ基本的な課題に直面しています。

長期的には、私たちの目標は、究極の個別化医療を提供すること、すなわち適切な患者さんに、適切な用量の、適切な治療を、適切な時期(タイミング)に提供することです。
Dave Reese

Deshaiesは、「私はアカデミアからアムジェンに来ました。若い頃は酵母の遺伝学で研鑽を積みました」と述べています。「私がその経験から学んだことの1つは、科学者は自然がどのように機能し、病気がどのように機能するかについて見通しを持つことができるのですが、自然は非常に複雑で、ほとんどの場合人間の見通しは間違っています。そのような中で、遺伝学は、自然がどのように機能するかを理解するために活用できる最も強力なツールの1つです」。

「ハイレベルな科学的才能、先見の明を持つ真に創造的な人々は、ヒトのゲノミクス、プロテオミクス、トランスクリプトミクスデータが、アムジェンのビジネスにとっていかに重要なものかを理解しています。彼らは、そのデータを駆使して創薬を進めるフロントランナーであるアムジェンのような場所で働くことを希望しています」。

そして、創薬だけでなく、その治療が患者さんに本当に役立つかどうかの不確実性を減らすことで薬の価値を高めることが重要です。「遺伝学やその他のヒトのデータにより、患者さんの病気がどのように進行するかを、これまでにない方法で予測することができます」とLevy。「積極的な治療が必要な患者さんと経過観察が適切な患者さんを区別することができるのです」。

Reeseは、アムジェンのスタッフを突き動かしているのはまさにこのビジョンであると語ります。「長期的には、私たちの目標は、究極の個別化医療を提供すること、すなわち適切な患者さんに、適切な用量の、適切な治療を、適切な時期(タイミング)に提供することです。私たちには、ほとんど想像をできなかった方向に医学を導いていくチャンスがあります。私はその一員でありたい。その導きを助けるアムジェンであってほしいと思います」。

補足: SARS-Cov-2がアイスランドで初めて確認された時のデコード社の対応

3月6日、Kári Stefánssonが仕事に向かう途中で聞いたカーラジオのニュースレポートは、彼の注意を引きました。そのレポートはWHOの推定で、SARS-CoV-2感染症患者さんの3.4%が死亡に至ったことを告げていました。「驚きました」と彼は振り返ります。「なぜなら、正しい計算を行うためには、重篤な病気にかかった人やハイリスク群の人だけでなく、一般的な集団でのウイルスの分布を知る必要があるからです。一般の人々にどれだけウイルスが広がっているか、知る必要があると感じました」。

それから数日以内に、アムジェンの全面的な支援のもと、デコード社はアイスランドの保健当局と連携し、広範囲な検査のための2つの追跡アプローチを考案しました。国立大学病院では、COVID-19の症状がある人や、感染者との接触、海外旅行などの危険因子を持つ人を対象に検査を行います。デコード社の研究者は、既知の危険因子のない一般市民からボランティアをスクリーニングし、その後、ランダムにアイスランド人の参加を募りました。6月までに4万回以上の検査が実施され、同時点でアイスランドにおける検査総数の約2/3を占めていました。

この広範な検査と接触者追跡の戦略のもと、必要に応じて隔離を行うことで、アイスランドは大規模な国家的閉鎖の必要なしにウイルスの第1波をほぼ排除することができました。同じ戦略がアイスランドへの海外旅行の再開を可能にし、その後のアウトブレイクの規模を制限するために用いられています。

検査に加えて、デコード社はその遺伝学の専門知識を利用して、アイスランドにおけるすべての陽性検査からウイルスRNAの配列を決定しました。検出された数百の変異はウイルスの伝播のマッピングに有用であり、これらのデータは、ワクチンや可能な限り多くのウイルス株を遮断する中和抗体療法の研究にも役立てられています。さらに、デコード社はアイスランドで感染したすべての人々に関する詳細な健康データと遺伝子データを所持しています。これらのデータの中から、感染と重篤な疾患のリスクを決定する可能性を秘めた因子を探っています。